データ&アナリティクスのインサイト

デリスキングの傾向:主要国の貿易データから見る「大砲かバターか」

Erik Britton

Managing Director and CEO, Fathom Consulting
本インサイトでは、Fathom Consulting の協力のもと、世界貿易の動向と見通し、さらに「デリスキング (リスク回避)」がそれに及ぼす可能性のある影響について考察します。具体的には、以下の点について検証します。
 
  • 最近 LSEG がまとめた総合的な貿易データは、米国がその大規模な武器弾薬の輸入において、相互に関連した複雑なグローバル・サプライチェーン・ネットワークに依存していることを裏付け、現時点では、このサプライチェーンには中国も加わっている。
  • 米国が中国との貿易関係のデリスキングを進めれば、他の国にとって、武器弾薬、その他のハイテク製品や戦略的に重要な製品を米国に輸出する機会が生じる。
  • 中国も、他国との関係におけるデリスキングに動いている。実際、中国は戦略的に重要なセクター、さらに軍民両用および軍事関連技術の自給自足を米国より早い段階から目標とし、その成果は米国をしのいでいる。

各国の戦略的選択を表す際にしばしば使われるのが、いわゆる「大砲かバターか」理論[1]です。簡単に言うと、これは、一国が軍備や弾薬に費やすリソースと、乳製品生産に費やすリソースの比率を示したものです。きわめて複雑で、相互に連関した選択を、「大砲かバターか」の単純な二者択一に置き換えることにより、人々の現在の健康あるいは幸福度を高める消費財 (「バター」) と、長期的な安全性を高める可能性があるもの (「大砲」) との間に存在するトレードオフに焦点を当てることができます。一国の選択は、多くの要因に左右されます。「バター」と比較した「大砲」の価格や入手可能性はもちろんですが、他の国から受ける脅威の度合い、さらに消費財やサービスの充足度も影響します。

LSEG はこのほど、多くの興味深い比較を可能にすると同時に、貿易フローにおける「大砲」と「バター」の比率を観察できる大量の国際貿易データのオンボーディングを行いました。「大砲」(ここでは HS 二桁コードに該当する武器弾薬を指す) と「バター」(ここでは乳製品を指す) のどちらも、非常に取引量の多い貿易財です。図表 1 は、G7 諸国と中国の「バター」に対する「大砲」の輸入比率を見たものです。

図表 1 「バター」に対する「大砲」の輸入比率

「バター」と比較した「大砲」の輸入比率が最も高いのは米国で、2 番目に高いのはカナダ、3 番目は英国となっており、中国の比率は最も低くなっています。実際、中国の比率は極めて低く、ほぼゼロにとどまっています。

こうした格差の背景には、多くの理由が存在すると考えられます。中国は、武器弾薬についてはほぼ自給状態にある一方で、乳製品は大量に輸入する必要がある可能性があります。「バター」と相対的に見た「大砲」に投じられるリソースの総量は米国と同等であったとしても、そうした状況は変わらない可能性があります。他方、米国では酪農業がよく発達しています。自然条件の優位性や国内のニーズに従い、国によって特化する生産品目や貿易品目はそれぞれ異なるため、本来の優先度が必ずしも貿易パターンに反映されるとは限りません。

さらに、別の要因が影響している可能性もあります。より詳細に分析してみると、「ミラー統計」が示唆するものはやや異なることがわかります。例えば、図表 2 に示す通り、確認されている米国からの「大砲」の対中輸出額は、中国が公表している「大砲」の総輸入額をほとんどの場合上回っており、その差異は時として巨額に達しています。フランスおよび英国からの「大砲」の対中輸出に関するミラー統計も同様ですが、イタリアからの輸出については、ミラー統計は公表値に比較的合致しています。

図表 2: 米国発中国向けの貿易フロー

米国の対中輸出額と中国の総輸入額の差異

このような相違は貿易統計にはよく見られるものですが、この事例では、それが特に顕著です。武器弾薬の輸入のための中国の支出額の推計値は、誰がデータの集計あるいは公表を行っているかによっても影響されると言えます。

一方、米国は武器弾薬に関して、複雑かつ相互に関連した国際的なサプライチェーンを構築しています。

図表 3: 米国の「大砲」* 輸入の輸出国別構成比

以上の考察の結果、基本的なパターンが浮かび上がります。すなわち、中国は長年にわたり、サプライチェーンのデリスキングを行ってきたということです。中国政府は、軍事、軍民両用、あるいは戦略的に重要な技術の自給率を高めることに注力してきた一方で、米国は現時点では中国も加わっている複雑かつ相互連関の強いサプライチェーンの構築を続けてきました。しかしながら、後者の動きには変化が生じつつあります。バイデン政権は、特定の重要素材および先端技術、特に電池、レガシー半導体など、戦略的に重要な品目の中国からの輸入への依存度を引き下げることを目指しています[2]

米国政府がデリスキングを進めるにつれて、「大砲」の対米輸出に占める中国のシェアは低下する可能性が高く、ほぼゼロとなるかもしれません。こうした変化が機会をもたらし、他国の輸出市場が恩恵を享受する可能性があります。これが中国経済にマイナスの影響を及ぼすかどうかについては、断言することは難しいですが、LSEG の貿易データが示唆する通り、あらゆる輸出市場において中国が支配的な地位を有していることを考えれば、少なくとも、中国経済の方向性は変わらない可能性があると言えるでしょう。 

本インサイトで取り上げたテーマをはじめとして、さまざまな問題についてリサーチ・ペーパー (英語) で詳細に考察しています。

 

[1] 参考資料: https://en.wikipedia.org/wiki/Guns_versus_butter_model

[2] https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2024/05/14/fact-sheet-president-biden-takes-action-to-protect-american-workers-and-businesses-from-chinas-unfair-trade-practices/ 

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