リスク・インテリジェンス・インサイト

2024年、決済業界における注目すべき5つのトレンド

Anubhuti David 

Director, Sales Strategy and Execution

着実な進化と成長を遂げている決済業界は、世界中でスピードの向上、効率性、そして機会創出をもたらしています。他方でリスク環境も変化しているため、業界関係者は新たなリスクについて熟知していなければなりません。ここでは、2024年に同分野で予想される主なトレンドに注目したいと思います。

  • 金融エコシステムの DX (デジタル・トランスフォーメーション) が進行する中、決済業界にも新たな機会とリスクが顕在化 
  • 決済業界における 5 つのリスクトレンドを予想 - 複雑なリスク環境にどう対応すべきか? 

機会とリスクの共存

金融エコシステムのデジタル変革が進展する中、新たな機会、そしてリスクが生まれています。特に急速に進化する決済業界では、それに伴いリスクも高まってきています。

決済業は、デジタル金融エコシステムの鍵を握る産業です。個人、企業、銀行にスピード、効率性、そして 24 時間年中無休で取引可能な環境を提供し、円滑なグローバル決済取引とビジネスの迅速化に貢献しています。その一方で、デジタル決済の加速化と急速な成長に伴い、口座の乗っ取りや顧客への不正行為、さらにはマネーロンダリングなどの犯罪行為が増加しています。

金融犯罪の発生率が高まる中、決済分野のプレーヤーは潜在リスクの特定に努める必要があります。また、規制当局による罰金も増加しており、国際規制の遵守の面でも常に注意することが求められています。 

規制違反による罰金総額は、2023 年には世界全体で 66 億ドルに達し、2022 年の 42 億ドルから大幅に増加。これらの罰金の多くは暗号資産や決済事業者に対するもので、それぞれ全体の 69% と 21% を占める

 

                 マネーロンダリング対策や規制違反で金融機関に科される罰金、2023 年は世界全体で増大 (fenergo.com)

今後、モバイル・ウォレットや非接触型カードといった、デジタル/非接触型決済分野の成長が見込まれます。それに伴い暗号資産やデジタル資産が主流化していくにつれ、暗号通貨取引の拡大も予想されます。引き続き、決済テクノロジーにはイノベーションがもたらされ、BNPL (後払い決済 ― “Buy Now Pay Later” の略) など、E コマース・プラットフォームで利用できる決済手段の幅も広がっていくでしょう。また、企業側ではセキュリティ対策を強化すべく、不正検知技術や、人工知能 (AI) や ML (機械学習) を活用した不正取引対策ソリューションの導入が進むことが予想されます。

こうした背景を踏まえ、2024 年は以下の 5 つのトレンドに注目しています。

1. リスクは今後も増大 

犯罪の複雑化により、決済分野におけるリスクの水準は引き続き高まっており、2024 年以降もリスクの増大が予想されます。金融犯罪で用いられるテクノロジーは年々高度化しており、決済企業はこうした犯罪者の一歩先を行くよう常に対策する必要があります。

PwC が 2022 年に実施した「グローバル経済犯罪実態調査 (Global Economic Crime and Fraud Survey 2022)」でも、近年の世界的なデジタル・プラットフォームの普及に伴い、プラットフォームを狙った不正が多発していることが明らかとなりました。不正を経験したことのある企業の 40% がデジタル・プラットフォーム関連の不正だったと回答していることからも、この種の不正は憂慮すべき水準に達していることが読み取れます。なお、デジタル・プラットフォーム関連で最もよくあるのは不正送金となっています[1]。 

2. スピードも重要

スピードも依然として重要なトレンドです。顧客は、ビジネスのペースを落とすことなく、迅速でシームレスなオンライン体験を求めています。スピードと効率性が重視されるため、決済サービス企業は即時決済やリアルタイムの決済確認システムの導入に力を入れていかなければなりません。また、顧客をつなぎとめるには、あらゆるプロセスを可能な限りストレスの無い状態(フリクションレス ) にしていくことが求められます。

この点を裏付けるものとして、Citiが 2023 年、100 社以上の顧客金融機関を対象に実施した調査「ペイメントの未来 (Future of Payments Survey)」では、顧客が重視する検討事項としてスピードが挙げられ、コストの問題に次ぐ課題であることが明らかとなりました [2]

3. 規制の厳格化

規制強化は世界的に進んでおり、2024 年に入ってもこの流れは衰える兆しがありません。各国の規制当局は、後払い決済、暗号資産、カジノ、ゲーミング、オンライン・ベッティングなど、リスクの高い新興産業に対する規制を強めると予想されます。

各国では主に以下のような規制が導入されています。

  • EU では、「改正決済サービス指令 (PSD2)」、「暗号資産市場規制 (MiCA)」、第 5 次マネーロンダリング防止指令 (AMLD5) が施行。現在、現行の PSD2 を改正ならびに近代化する PSD3 案が検討されており、これに基づく「決済サービス規則 (PSR)」も制定される見通し。また、「金融データアクセス規則 (FIDA)」案や、EU のマネーロンダリング・テロ資金供与防止法 (AML パッケージ) の審議も同時に進められている。 
  • インドは、公認ディーラーや決済アグリゲーターに対する規制枠組みの強化や、クロスボーダー決済に関する規制への対応に焦点が当てられている。インド準備銀行は 2023 年、「オンライン上での財・サービスの輸出入にかかるクロスボーダー決済取引を促進する」事業体の規制に関するガイドラインを発表した。
  • 米国では、連邦準備理事会 (FRB) が開発した即時決済サービス「Fednow」が 2023 年 7 月にソフト規制のかたちで開始された。[4]翌年以降、本格的導入の見通し。

決済企業は、ウクライナ情勢により複雑化している制裁環境についても、引き続き注視していく必要があります。 

コンプライアンスを維持するためには、規制当局による監視強化や罰金額の引き上げが予想され、規制環境を十分理解しておくことが不可欠となります。そのため、リスクベースのアプローチを導入し、制裁リストやデータベースを定期的に更新し、従業員のトレーニングに投資することが望ましいと言えます。

4. リスクを検知・排除するためのテクノロジーの重要性が増大

規制の変化への対応、スムーズな顧客体験の実現など、決済業界はさまざまな要求に迫られています。しかしこれらは、スクリーニングと法令遵守を迅速かつ正確にこなせるテクノロジーを正しく選択することで解決できます。 

多くの企業がコスト上昇圧力に直面していますが、テクノロジーを効率的に活用することで、経済的負担を軽減することも可能です。例えば、決済サービス・プロバイダー (PSP) の場合、オムニチャネル・ソリューションや API テクノロジーを導入することで、迅速かつ費用対効果の高い地域横断型ソリューションが得られます。

5. 差別化の鍵は効果的なリスク管理

決済分野で、テクノロジーをうまく活用し、効果的なリスク管理戦略を導入している企業は、大きな競争優位性を築くことができます。

テクノロジーは、決済詐欺をはじめとする金融犯罪の特定と防止、規制義務の履行、顧客体験の向上など、企業のさまざまな優先事項を管理するうえで役に立ちます。

新たなテクノロジーの導入支援のために、リスク管理チームにおいて、実践的な変革が必要であるかもしれません。新しいテクノロジーの使用をサポートするためには、プロセスの変更が必要になるかもしれません。しかし効果的なリスク管理は、他のサービスとの差別化において重要な役割を果たすことができ、良い結果につながるはずです。

複雑なリスク環境への対応 

決済分野以外でも、多くの企業が 2024 年の複雑なリスク環境に対応しようと努めており、効果的なリスク管理、規制遵守、シームレスかつフリクションレスな顧客体験の実現に必要なテクノロジー企業との提携を選択することでしょう。

コンプライアンス・チームはソリューションを選択するにあたり、スクリーニングからデューデリジェンス、本人確認、口座確認、デジタル・オンボーディングに至るまで、エンドツーエンドのリスク管理やツールを考慮しなければなりません。包括的なリスク管理戦略を策定するには、これらすべての要素が不可欠となります。

新たな年を迎えた今、企業はデジタル化がもたらす多くの機会を最大限に引き出すことに注力しています。その一方で、グローバル規制遵守とリスクの特定、管理、軽減は引き続き重要な課題となっています。

 

1. https://www.pwc.com/gx/en/services/forensics/economic-crime-survey.html

2. https://www.citigroup.com/global/insights/treasury-and-trade-solutions/future-of-payments-survey

https://www.aciworldwide.com/fednow?utm_source=google&utm_medium=cpc&utm_campaign=pm-2023-bnks-rtpy-all-global-inside-real-time-google-paid-pdad&adgroup=&utm_term=fednow&utm_content=670956581448&gad_source=1&gclid=CjwKCAiAvJarBhA1EiwAGgZl0D3P3Zh40FnY3mpLMcC6_ssdoJzztmUhHO_qMARgUSr3PalBfuAuRRoC4LgQAvD_BwE

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